第3回ベルギー王国ビール探訪記(6)

3日目(2)
  
3.ヴァン・ホンセブロック醸造所
4.西フランダース州の自然発酵ビール(Westvlaams spontanous)一覧
5.ゲントで夕食

 ヴァン・ホンセブロック醸造所

 インゲルムンステル城の見学が終わって、やっと工場に戻ってくる。工場に入るとまず醸造釜の説明。3基あるステンレス製の醸造釜やろ過機やステンレス製のタンクを見せてもらう。
 タンクの移し変え用の接続器具なども見せてもらったが器具類の洗浄には特に気を使っているという。カステールビールを丁度瓶詰め中で、王冠をされたビールがケースに詰められ、ベルトコンベアーでどんどん運ばれていく。それは建物の外に出て、屋外の大型貯蔵タンクの前をケースが流れていく。年産80,000hlという中規模な醸造所なので、設備はそれなりに大規模なもので整っている。

ステンレス製の醸造釜(3基ある)とろ過機(奥) 熟成タンク
ボトリング

 しかし、ヴァルビエールさんは熱心にいろいろ話をするが、あまりランビックビールの醸造の話が出てこない。クリークに関しては、400,000リットルのグーズ・ランビックに対し90,000Kgのクリークを少なくとも6ヶ月間の漬け込んで熟成させるとは言っていたが、設備の様子からもランビックビールの醸造の気配は感じない。高さ5mはあるかと思われる大きな木の桶を見つけ、唯一それっぽかったが、ボトリングの部屋の隅に置かれていて今は使用されていないようである。

グーズ・ファンド・トラディションがケースに入れられていた

 本当にこれらの設備でランビックが造れるのだろうかと疑わしくなってくる。そもそも、現社長のリュック・ヴァン・ホンセブロック氏が、遠くブリュッセルのヴァン・ハエレンVan Haelen醸造所からランビック購入してグーズを醸造し、1958年から発売し始めた。そして、西フランダース州が第2のランビックビールの生産地として認められるようになったとう。ヴァン・ハエレンVan Haelen醸造所が1968年に廃業した時、発酵に必要な野生酵母や微生植物microfloraを生み出す環境を造り、その後も自前でランビックビールを造ってきたと言われていた。そのランビックを生む環境がどういうものなのか、それを我々は見たかったのである。

 そして、それは最後に遠くから見ることになった。工場を出るとヴァルビエールさんは屋上を指さし、おまけのように設置された小屋がそうだという。ランビックは小麦30%、大麦麦芽70%を使い、野生酵母で作られる。野生酵母は、空気中どこにでもいるもので、風通しをよくした天井から独特の開放式の漕に降り注いでくるという。私は、ヴァン・ハエレン醸造所からランビックを購入しているうちに醸造所内に酵母が繁殖して日本酒の蔵元の家付き酵母みたいになったのではないかとか、購入したランビックから酵母を純粋培養してそれを使っているのではないかとも考えていたのだが、ヴァルビエールさんから聞く答えは実に驚きである。「今我々が吸っている空気にも野生酵母がいます。」ということだ。ということは、ブリュッセル近郊ペヨッテンランドにしか生息しないという野生酵母がここにもいるということである。地続きで空気はみんな同じということだそうだ。「本当なんでしょうか。本当なら、ベルギー中、どこでもランビックビールが造れるということになりますよね」と山田さんも我々もしばらく信じられなかった。自家醸造ビールを作っている川崎代官(古川)は、「日本でも作れそうですね。」と意欲を燃やす (-多摩川に野生酵母がいるなら-)。
 いずれにしても、ランビック生産のすべてをあの小屋のようなところで造っているとは思えなかった。疑問に感じながらも一通り見学をしたということで、再び最初に通された応接室に戻った。

(↑上)大型の貯蔵タンクの前をベルトコンベアーでビールケースが運ばれていく。
(←左)工場の屋上には、ランビック用のプールが設置されていた。この天井や壁の隙間から、空気中の野生酵母が中に入りこむ

    ★
 応接室では、さんざん話題にしてきたグーズ・ファンド・トラディションGueuze Fond Traditionが、ついにグラスに注がれ供された。アルコールは5%で、普通のグーズより0.5%ほど強い。酸味がするどく刺激的である。オールド・ホップを使っている。無ろ過のビールで濁っている。カンティヨンのグーズに似ているかもしれない。本格的ランビックビールとして素晴らしい★★★☆。他のランビックビールメーカーもこのビールについて聞きに来るという。
 あとは、適当になんでも飲んでくださいということで、サン・ルイ・クリークSt.Louis KriekカシスCassisをいただく。クリーク(4.5%)はちゃんとブラック・チェリーを丸ごとグーズに漬け込んだものであるが、甘くフレッシュだが、シロップ風味★★。この醸造所のフランボワーズ、ペシェ(桃)、カシスはどれも果汁を使用している。カシス(4.5%)は、比較的甘くなく、酸味があって旨い。カクテルのキールに近い味★★★。

グーズ・ファンド・トラディション
Gueuze Fond Tradition
サン・ルイ・カシスSt.Louis Cassis サン・ルイ・クリークSt.Louis Kriek

   ★
 我々は、この醸造所のビールをほとんどすべて味わったようである。生産の約30%は、輸出されているというので、日本にもすべての銘柄が輸入されることを期待したい。

 時間もだいぶ経ったので、そろそろこの醸造所をあとにすることにした。なお、山田さんはグーズ・ファンド・トラディションを購入したい旨伝えると、それも含めて、多数銘柄のビールを各6本づつ、箱いっぱいにつめ、プレゼントしてくれた。 本当に熱心に説明してくれ、気前も良かったヴァルビエールさんに感謝し、この醸造所を去り、今度は車でゲントに向かった。

【データ】 Brouwerij Van Honsebrouck (43 Oostrozebekestraat,Ingelmunster)
Tel;051 33 51 60 Fax;051 31 38 39
 

★(資料)西フランダース州の自然発酵ビール(Westvlaams spontanous)一覧★

※伝統的なランビックビールを模倣したビールには、◎印を付けた。

醸造所名 ビール名   備考
Van Honsebrouck St. Louis gueuze fond tradition 5% Geuze (Westvlaams spontanous)
St. Louis gueuze lambic   4.5% Geuze (Westvlaams)
St. Louis cassis kir royal   4.5% Fruit beer
St. Louis framboise   4.5% Fruit beer
St. Louis kriek lambic   4.5% Fruit beer
St. Louis peche lambic   3.5% Fruit beer
Bockor Jacobins gueuze lambic   5.5% Geuze (Westvlaams)
Jacobins frambozen lambic   5.5% Fruit beer
Jacobins kriek lambic   5.5% Fruit beer

 ゲントで夕食

ヘット・スペイカーHet Spijkerは休み

ゲントでは、時間があればいくつかのビールスポットに行く予定であったが、着いたのはもう夜の7時であった。さらには、うヒュラスレイGrasleiにある醸造博物館的なビア・レストラン、ヘット・スペイカーHet Spijkerは休みであった。「近くで食事をして帰りましょう」ということで、コーレンレイKorenleiの聖ミヒール橋のすぐたもとにあるBrasserie The Ghostというレストランに入る。

 私はゲント名物、チキンのワーテルゾーイWaterzooi a la Gantoiseを食べる。チキン半身のクリームシチューで、鍋ごと出てきた。これだけでお腹いっぱいである。飲み物は、メニューが貧弱で選び難かったが、私はシネイ・スペシャルCiney Special Cuvee 9(ラベルにはSA.Br.Demarche NVとあるがBrasserie Unionで造っているようだ)を注文。シネイといえばトラピストビールのシメイChimayと名前の似て紛らわしいビールであるが、シネイCineyという町もちゃんとあって、その町の教会のアベイ・ビール風の造りである。このビールは、シネイの今までのイメージと異なり、甘さ控えめで、妙なクセもない。香りもよく美味しいビールであった★★☆。

Brasserie The Ghost チキンのワーテルゾーイ
Waterzooi a la Gantoise
シネイ・スペシャル
Ciney Special Cuvee 9

 山田さんは、デンテルヘムス・ウィットビアDentergems Witbierを注文したが、「これはちょっと味が変ですね。デンテルヘムスの味ではないようです。」という。ビールを注文すると普通はそのビールの瓶も一緒に持ってくるのが当たり前なのだが、この店は持ってこない。そのことを店の人にいうと、私の注文したシネイの瓶は持ってきたが、デンテルヘムスの瓶は持ってこない。これでは確認しようがないので、再度山田さんが言うと「捨ててしまった」という返事。「じゃ、まだ開けていない瓶を見せて欲しい」というと、「実は、デンテルヘムスが品切れなのでヒューガルデン・ブロンシュを出しました」という。同じホワイト・ビールであるヒューガルデンを出したというのである。ひどい話である。観光客相手がほとんどの店であるので、どうせわからないだろうという気持ちでこんなことをしたのかもしれない。または、日本人にはベルギービールの味なんかわからないという気持ちからかもしれない。それにしても山田さんの味覚は鋭い。私なら日本への輸入品と現地で飲むのとでは味が違うのは当然と納得してしまったかもしれない。 

 多少不愉快な思いをしたが、お腹はいっぱいになり満足。店を出て、夜のゲントの街を歩く。

  ★
 この日を境に、みなそれぞれ体調を崩していったようである。TBSの藤原さんは、ゲントでは何も口にされなかったし、我々酒蔵奉行所の3人もビール1本だけで飲み物を終了した。ブリュッセルに帰ってきても、ホテルの部屋で飲むことはなかった。
 今日のビールは、ヴァン・ホンセブロック醸造所で11種類を味わったほかは、ゲントのレストランでのシネイ・スペシャルだけ。合わせて12種類。累計で36種類。だんだん目標の100種類が遠ざかっていく。

      (つづく)

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