3 Fonteinen(ドリー・フォンティネン)(1)瓶詰め
3 Fonteinen
(正面) |
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ギドGuidoさんから
アルマンArmandさんが瓶詰所にいると聞く |
瓶詰所&樽貯蔵庫(左の建物) |
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地元TV局が取材中 |
午前11時前、ドリー・フォンテネンのレストランを再び訪ねると、弟のギドGuido
Debelderさんがいて、アルマンArmand Debelderさんは今瓶詰所の方に行っているということで、場所(Laarheide
49)を教えてもらう。
ドリー・フォンティネンに別棟があったとは知らなかった。車で2〜3分離れた建物に向かう。
訪ねるとアルマンさんと奥様がいて、アルマンさんがいうには、「ちょうど地元のテレビ局の取材があり、あなた方も見学者ということで一緒に写ってください。」ということで、我々も急遽出演?することなった。
この倉庫のような建物の中には、木樽が多数積み重ねられており、レストラン裏の醸造所の倉庫よりも広い。他に醸造設備や瓶詰め機械もある。といっても醸造設備はレストランの裏の醸造所の方が整っており、こちらは単に樽のブレンド用の設備のようだ。レストラン裏の建物だけでは手狭になったということのようだが、ランビックのブレンダーだったのが、1998年末からは自分でランビックを醸造を開始し、ランビックに対する思い入れや意気込みが年々増しているように思える。
他のランビックビールのメーカーがジュースや砂糖を加えた甘いランビックを造り人気を得ているが、アルマンさんは頑なに本来のランビックの伝統を守り通そうと頑張っているのである。
さて、アルマンさんは、クリークの瓶詰め作業の途中であったので、我々を迎えると、再び作業を開始した。その様子や我々が見ている姿を地元のテレビ局のカメラマンは撮影していた。
瓶詰め作業の様子を伝えると以下のとおり。
〔瓶詰め作業の様子〕
まず、1度に6本づつ瓶にビールを充填できる装置が2機向かい合っていて、計12口分のビール(クリーク)を瓶詰めする。これを繰り返し、ある程度たまると瓶を打栓機のコンベアーに載せる。(写真1〜3) |
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瓶は回転寿司のように流れていって、まずコルクが打栓され、続いて金属のキャップと針金が巻かれる。シャンパン用の針金Wirehoodを瓶口に巻く工程は見ていて面白い。(写真4〜9) |
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そのあと栓がされた瓶がどんどん流れ出てくるので、2本づつカゴに丁寧に並べる。このカゴはそのままの形でビールを保管するのに使用されている。(写真10〜12) |
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さて、作業が一段落したあと、アルマンさんは蔵の内部を案内してくれた。
ここにある樽は、ほとんどが新しいきれいな樽で、チェコのピルスナー・ウルケルの文字が焼印されている。ピルスナー・ウルケルは、木の大樽で熟成させるが、その樽のリサイクルとして小さな樽に作りかえ販売しているのだ。以前デ・カムDe
Camに行ったときに見たものと同じものである。ドリー・フォンティネンが自ら醸造をはじめたといっても、ブレンダーをやめたわけではない。倉庫には他のランビック醸造所の樽が並んでいる。その樽にはどの醸造所かわかるように、醸造所の方で印を付けている。
ドリー・フォンティネンは、あらためて言うまでもなく、以前は3つの醸造所からランビックを購入してブレンドするブレンダーである。なお、ドリー・フォンティネンという言葉は「3つの噴水(’Fonteinen’は噴水)」の意味である。3つとはLindemans、Girardin、F.Boonの3つである。1998年末からはランビックを自家醸造し、現在はそのランビックもブレンドするので、「4つの噴水?」になっているが、店名は変わらず。
この建物には、ドリー・フォンティネン自家製ランビックはおいていないようで、そのマーク「3」の印の樽は見当たらなかった。他の3つの醸造所の樽は確認できたが、2000年以降の新しい樽がほとんどであった。
Lindemansの樽 |
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Girardinの樽 |
F.Boonの樽 |
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3 Fonteinenの樽(醸造所の倉庫にて) |
アルマンさんが、倉庫の中の1つの樽からビールをグラスに注いでくれた。それは「L」のマークのあるフランク・ボーンの2000年12月仕込み、ランビック100%であった。ブレンドしていないのでグーズではない。泡立ちは弱いが、しっかりした酸味がバランスよく仕上がり、アルマンさんも「Beautiful」と表現していた。★★★★。
そのあと再び、瓶詰めの部屋にもどり、今度は瓶に詰めるものと同じクリークを、試飲させてくれた。瓶に詰めていたのはスペシャルなクリークで、果実味が凄くバランスのとれたクリークである。レストランで出すクリークは甘いのだが、ボトル用のは甘くない。★★★★+。
Lambik (樽 L 2312 2000)
F.Boon 100%のもの |
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Kriek 瓶詰め直前の物 |
チェリーはスカルベークのチェリーを使用していると言っていた。スカルベーク産のチェリーは「もう無い」と聞いていただけに驚きである。さらに、今回スカルベークの街を車で通過してその周辺を見たが、完全にブリュッセルの街とと一体化、連続した街並みとなっている。住所もブリュッセル市スカルベーク区なのである。とてもサクランボ畑があるようには見えない。山田さんも「どうも眉唾物ですね」などといいながら、にわかには信じがたい様子。
ここで、スカルベークのクリークについてまとめてみよう。
スカルベークのスペルの綴りには、Schaerbeek(仏)とSchaarbeek(蘭)とがあるが、どちらも同じ。地図にも併記してある。地図を見ても、スカルベーク区の緑地は墓地と公園のみ。サクランボ畑が存在するような感じではない。
スカルベークのクリークという場合、スカルベーク産のクリークと誤解してしまう。かってブリュッセル北西のスカルベーク区の丘にはサクランボの木がたくさんあり有名であった。ここのクリークは粒が小さく、スカルベーク種と呼ばれた。しかし、今では市街化が進み、もうスカルベーク産のクリークはなくなってしまった。現在スカルベーク種のクリークの種はベルギー国内の果樹園で栽培されている。しかし、その量はランビック生産者にとって十分な量ではない。またスカルベーク種は東欧にももたらされ、栽培されているという。
このサクランボは農作物なので、豊作年もあれば不作年もある。1990年代末には2年間に渡って不作であったという。そして、2002年は豊作。豊作だったので、生産本数も多くなる。翌年また同じだけの本数を生産できるわけではないという。
※なお、この日ビン詰めされたスカルベーク・クリークは、後日(株)ヴィナイオータにより日本に輸入されたが、まさしく、2003.1.17とのビン詰めの日付が記載されている。
3 Fonteinen(ドリー・フォンティネン)(2)倉庫
瓶詰所の存在に驚いたが、さらにそこから道を隔ててすぐの場所に、もう一つ倉庫があった。ここには、瓶詰めされて、ロットごとにカゴに入れられたビールが保管されてある。
ここでは今後出荷予定のビールなどの話を聞く。日本向けには、プリントボトルで輸出しているということで、1999年のグーズのボトルを見せてくれた。確かに小西酒造が日本に輸入しているドリー・フォンティネン・グーズと同じ物である。
それにしても、前回(2001.1)「絶対に輸出しない」と言い切ったアルマンさんの主張はどこにいったのか。日本に輸出しても、品質管理という点でベルギーと同じ味わいではありえないことがよくわかっているからこそ、輸出しないと言っていたはずである。だからこそ、最初は、小西酒造の輸入はありえない。輸入された後は、醸造所直ではないと思っていたが、実際はドリー・フォンティネンの醸造所から直接輸出されていたのだ。1999年のグーズのボトルは、 「これは、また輸出する分」として、カゴに保管されていた。まだまだ、1999年のグーズは、追加で日本に輸入される予定のようである。
さて、ここでの説明は終了したが、アルマンさんも作業が一段落したのか、我々と一緒にお店の方へ戻った。
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