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第6回ベルギー王国ビール探訪記(13)
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Brouwerij Bosteels ボステールス醸造所醸造所ではお父様のボステールス(Ivo Bosteels)さんが我々を歓迎してくれた。4日前にDE RARE VOS(ドゥ・ラール・ボス)のパーティでご一緒して以来で、醸造所を訪れるのは今回で2回目である。 ボステールス醸造所は、創業は1791年。息子さんのアントワーヌさんで6代目というボステールス家の家族経営の醸造所である。パウエル・クワックやトリプル・カルメリートという銘柄がこの醸造所のビールとしてよく知られている。 まずは、庭にある馬車のコレクションに案内された。このコレクションは前回訪れた時にも見学したが、ここにある馬車には特徴がある。それは、馬車の御者席の足元や脇などに、Pauwel Kwakパウエル・クワックのグラスが引っ掛けられるようにグラススタンドがしつらえられてあるのである。 パウエル・クワックの由来
前回訪れた時は、この馬車を見て、パウエル・クワックのグラスの謎が解けたと感慨深いものがあったが、今回よーく見るとグラススタンドは馬車と同年代のものとは思えず、もともと馬車に付けられていたものではなく、後付けのようにも見えた。いずれにせよ醸造所を訪れるものにとって「百聞は一見にしかず」で、クワックのグラスの形状の由来を説明するには最高の物証である。パウエル・クワックPauwel Kwakという人物は、19世紀初頭、この地方では有名な醸造家であり、かつ駅馬車の停泊所を経営していた。パウエル・クワックが醸造する8%の高発酵ビールを飲むことは、ここに停泊する御者たちにとっては一つの儀式のようになっていた。当時はナポレオン法典により御者が乗客と共に宿屋に入ることは禁じられていたので、馬車につけた輪に掛けることができるような形にデザインされたグラスにビールに入れて飲むのが慣わしであったという。いつしかこのビールも無くなったが、近年このビールを復活させると同時にグラスも復活させたということである。
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さて、馬車の見学を終え、醸造所の中央にある館にお邪魔する。ここは醸造所のオフィスとなっている。広間には、クワックやトリプル・カルメリートの販促品が多数ならんでいた。クワックのグラスにも珍しいものがあり、グラススタンドは通常1個のグラスを立てられるようになっているが、グラス2個用とか、10個用のグラス立てもあった。ただ、ブルージュのビア・ショップで見つけた自立型のグラスはここには無かった。今回は広間以外にも、建物内のいくつかの部屋の見学もさせていただいた。
そのあと、クワックとトリプル・カルメリートの試飲である。ボステールスさんはビールの注ぎ方やグラス、飲み方までこだわっている。 パウエル・クワックの正しいグラスの持ち方であるが、親指と人差し指の2本でグラスを持つ。持つ場所は上から3分の1の場所。そして2本の指でグラスをくるくる振るように回した後、グラスのビールを味わうということである。 また、クワックをクワックのグラスとカルメリートのグラスにそれぞれ注ぐという実験も行った。同じクワックであるのだが、グラスの形状のためかビールの水色が異なって見える。それぞれのグラスの香味に違いがあるかというと、間違いなく別のビールのような印象を受けた。ボステールスさんは色も香りも味も別物になるので、絶対に止めて欲しいといってカルメリートのグラスに入ったクワックをすぐに流しに捨ててしまった。ベルギービールの醸造家にとって、ビールとグラスは必ずセットで考えられるべきものであり、その組み合わせは絶対のもののようである。たしかに指定のビールグラスによって初めてそのビールの最高の味わいが感じられるようになっているのである。 ビールをグラスに注ぐその瞬間は、非常に険しい真剣なまなざしでビールを見つめているその姿が忘れられない。
仕方がないことであるが、冷蔵庫にはまだ見慣れないビールがあった。'T Zelfdeゼルフドゥというビールである。これは上面発酵のビールであるが、グラスが非常に変わっている。説明が難しいが、歪んだタンブラーグラスに指跡に沿ってでこぼこしているのである。考えると、ボステールス醸造所のビールグラスは全て変わった形、特徴を持っている。さて、'T Zelfdeゼルフドゥの味は、ベルギーエールの範疇であろうか、キレイな味わい★★★。もう1本、Prosit Pils プロジット・ピルスというピルスナータイプのビールがあった。ボステールス醸造所が造るピルスナー。ちょっと興味を抱くのは当然である。味わいはよくできたピルスナー★★★。 Q:なぜ、ゼルフドゥを輸出しないのか?A:ゼルフドゥの生産量は多くなく、輸出するまでには至らない。我々の質問が珍しい未知のビールである'T ZelfdeとProsit Pilsに集中してしまったので、「なんであなたたちはゼルフドゥの話ばかりするのか?」とボルテールスさんはちょっと不機嫌そう。ボステールス醸造所の売りはあくまでクワックとトリプル・カルメリートであるから。
このあとは、ボステールス家の方々と一緒に夕食をいただくことになっていた。
De Poort van CyrielDe Poort van Cyrielというレストランで、ちょっと変わっているレストランである。どこが変わっているというと、入るとまず美術館になっていて、展示されている彫刻や絵画を、席に案内されるまで鑑賞するのだが、リアルな裸像や裸体画が多いのである。これから食事って時に、なんでこんな作品を見なければいけないのか? しばらく、鑑賞を楽しみ?ながら待っていると、席に案内された。
DEUSデウスは、ベルギーで醸造され、2次発酵まで行われた後に、フランスのシャンパンメーカーに運ばれ、シャンパンと同じ方式で仕上げられる。 瓶詰めの際、少量の砂糖と酵母が加えられ、瓶内で3次発酵が行われる。数ヶ月の熟成の後、酵母のオリを除去するためにびん口に集める作業を行う。これをルミアージュ(Remuage/蘭Ridding)といい、穴のあいた傾斜した板にびん口を下にして差し込み、数週間かけて毎日、びんを45度ずつ静かに回転させながら、びんの傾きを45〜60度まで次第に立てていくと、オリはびん口の栓の上に集められる。 ルミアージュが終ったびんは逆さにし、品温を0度以下にした後、びん口の部分を-20度の冷媒の入った槽に数分間漬け、オリの部分を凍らせ、この状態で栓を抜くと、内部のガス圧で氷塊が飛び出してオリが除去される。この作業をデゴルジュマン(degorgement/蘭Yeast removal)という。 デゴルジュマンによって、びん内の液も一部失われるのでこれを補充し同時に、ビールの甘味を調整するリキュールも加えられる。この作業はドザージュ(dosage/蘭Dosing)といわれる。そして、コルクされて完成する。 デウスと同様のビールに、マルール・ブリュット・リゼルブMalheur Biere Brut Reserve(11% 75cl)があり、これもボステールス醸造所と同じBuggenhoutの町にあるランツヘール醸造所のものである。マルールの方が先に商品として発売されたので、デウスの方が二番煎じの感があったのであるが、このことに触れると、ボステールスさんはマルールなんかには新参者ということで、気にしていないということであった。ランツヘール(マルール)は1997年設立の新しいブルワリーであり、ボステールスは創業1791年で6〜7代目という伝統ある醸造所なのである。 それにしても、デウスのラベルはシャンパンのドン・ペリニヨンにラベルの形状や色が良く似ている。後日聞いた話であるが、マルール・ブリュットはヴーヴクリコにそっくりなのに対抗して、ドン・ペリ似のラベルとしたという。さらに、このドン・ペリ風ラベルは、ドン・ペリを造るおおもとのモエ・エ・シャンドン社から訴えられて、ちょうど我々が訪れた時は、係争中であり、そのため、デウスを売ることが出来なかったのだという。その後、次のヴィンテージ2002年のデウスは、ラベルのデザインが変わっており、ドン・ペリ風のラベルは2001年の初ヴィンテージのみとなった。 なお、デウスは1本1本ルミアージュされる手間のかかる作業を行っているが、マルール・ブリュットの方は、籠に瓶を一杯詰めて、籠ごと回転させるという安上がりの方法を取っている。 さて、我々が味わったデウスは、4本。このレストランには4本しかないという。貴重なものである。ボステールスさんは初めから、このレストランで我々にデウスを飲ませれくれようとしていたらしい。 デウスは、息子さんのアントワーヌ・ボステールスさんが開ける。1本目、2本目とビールを注ぐが、2本目のビールは、ちょっとおかしいとアントワーヌさんがいう。親父さんのボステールスさんも同じ意見。「ブショネ」だという。ワインのブショネはよくあるが、デウスにブショネがあったというのも、コルクを使用しているからで、コルクで味が変わることが証明された。とすると、例えばランビック・ビールのようにコルク栓を使用したベルギービールすべてにブショネの瓶が存在してもおかしくない。 3本目、4本目とデウスを追加注文をしていく。我々でデウスを全部飲んでしまうことになる。3本目、4本目も微妙に味わいが異なる。どれもビールとは思えないシャンパンの風味。ビールを超えた味わいで、コクがある。ビールはクリアーである。バーレーワインとも異なる。正に「神」デウスである。★★★★++。 最終的に、アントワーヌさんの4本の味わいの順番であるが、1番は最初の1本目、2番が3本目、3番が4本目、ラストが2本目のブショネの瓶だという。 食事中の会話で、ボステールスさんは、日本におけるベルギービール事情を聞いてきた。山田さんが「ちょっと状態のよくないものがある。」と答えると、ボステールスさんは、急に胸元に手を入れ、カードを取り出し、「これで、そのビールを全部買い集めて欲しい。」と言う。状態の悪いビールを市場に出さないということらしいが、我々は「それじゃ、全部買い占めないとダメだね。」と笑っていると、山田さんは「それは無理です。」と言って、カードをボステールスさんに押し戻した。 相変わらず、品質にはこだわるボステールスさんである。 料理を終え、店を出た我々は、ボステールスさんに別れを言って、ブリュッセルに戻った。
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